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あれから

介護→うつ病→双極性障害←今ここ。双極さんはお友だち

わたしは自分の望む最期を迎えたいと思った本

60が目の前に迫ってきたので、自分の最期を考えてしまいます。
「ぽっくり死にたい」が理想ですが、実際は病院のベットで点滴されて、尿道カテーテルつけられて、胃ろうで生かされるのでしょうか。それともアパートの一室で誰にも看取られずこっそり死んでいく孤独死かしら。


どちらにしても子どもたちの負担にならないようそうならないように、エンディングノートに希望を書いて残しておこうとは思っています。

『欧米に寝たきり老人はいない』を読みました。この本は読売新聞医療サイト「ヨミドクター」で大反響を呼んだブログに大幅加筆・増補」した本です。

欧米に寝たきり老人はいない - 自分で決める人生最後の医療

 

欧米と医療制度の違いもあるのでしょうね。
自分で食べられなくなったら、点滴などの措置をせず、自然と枯らす。そんな最期を迎えらるなんてうらやましいと思います。

わたしの母が入院したとき、すでに意識はないのにたっぷりの点滴と鼻から栄養を胃に流しこまれていました。無意識なのに。タンの吸引や管の交換は痛いと顔をしかめていた母の顔をいまでも覚えています。

そんな「もう死んじゃうよね」状態な母に、担当医は「胃ろう」をすすめます。わたしは担当医に聞きました。
「胃ろうすることで、意識が戻って元気になりますか?」と。はっきりとした答えはありませんでした。

意識のない状態で、母に痛い思いをわざわざさせたくないし、回復の見込みがないのだからと「胃ろう」は断りました。

あとで、親族には「胃ろうは延命ではない」などごちゃごちゃ言われましたけどね。

母が入院していた療養型病院には、寝たきりの胃ろうの患者さんが多く、ベットにある名前と入院日が書かれてプレートをみると、2、3年の入院生活は当たり前、5年以上も入院している高齢者が何人もいました。

家族の見舞いもなくて、ただ寝ているだけ。
このおばあさん、こんな最期を迎えたかったのかしらと母の付き添いの日々で思ったものです。中には息を引き取っているのに家族がこないなんておばあさんもいましたよ。

読書メモ
★人は必ず死にます。だれもがわかっています。しかし、自分の親の死に際に直面すると本人の意志と関係なく、家族は延命措置を強く希望します。本人が延命措置はしないでくださいと残していても、思うようにならないことがあります。

★誰もが望まない延命措置。それなのに家族がそれをしてまうのは生きている側のエゴだとしか思えないのです。

リビングウィルとは
終末期に受ける医療について自分の希望を書いたもの

★事前指示書
リビングウィルに医療代理人(本人が終末期の医療行為について意思表示ができなくなったときに、本人の意志(希望)を代弁してくれる人)の指名と署名が加わったもの。

夫とわたし、リビングウィルと事前指示書の準備を始めておきましょう。

リビングウィルが生かされなかった理由
1 リビングウィルに対する家族の見解が一致していない。
2 リビングウィルが法的に認められていないので、医師は訴訟を恐れ、治療を中断できない。
3 急性期病院では診療報酬を上げるため、濃厚な治療が行われる。

★希望がない延命が行われる5つの理由
1 我が国はあるのは延命至上主義。
2 自分はどのように死んでいきたいかを家族に伝えていない。
3 診療報酬や年金などの社会制度の問題。
4 医師が遺族から延命措置を怠ったと訴訟を起こされる危険性。
5 倫理観の欠如。

★自然な看取りは餓死とは違う。

★終末期の高齢者は食欲がほとんどない。食べられなくなるのは当然。
胃腸も弱り、食べ物も受けつけない。
ほんの少し食べ物を口にするだけで満足する。
少量の水や氷を口に含ませるだけで喉の渇きは癒される。

スウェーデン=高福祉と考えるが、高齢者の場合は、高福祉ではない。
高齢者ケア関連の予算は高齢者が増加する中で削減。
理由→高齢者の生活環境は健康は国の優先課題ではないから。

 

関連して読んでみたい本

高齢者の終末期医療を考える―――長寿時代の看取り

『あんずの木の下で』戦争中に忘れられた子どもたち

戦争はイヤです。

『あんずの木の下で』(小手鞠るい著)を読みました。

あんずの木の下で:体の不自由な子どもたちの太平洋戦争


障害のある子どもたちの戦争中の暮らしが書かれていました。

昭和7年、日本で初めて設立された、手足の不自由な子どもたちのための「光明学校」(現在の東京都立光明特別支援学校)。
戦力にならないから、障害があるからというだけで学童疎開の「対象外」にされた生徒たちを自力で避難させた校長先生と温かく迎え入れた長野県上山田温泉の村人たち。
涙にくれた親との別れ、野草で飢えをしのぐ日々、鳴り響く空襲警報。
そして終戦。でも戦争が終わっても光明学校は苦労します。


いつの時代も、弱い者は切り捨てられるのですね。

戦争反対をこぶしをあげ声高に叫ぶものより、語りかけるような優しい文体でたんたんと戦時の子どもの様子を読む方が戦争の悲惨さが心にしみました。

 

今戦争が起きたら、ボタンひとつ押してミサイルをぶっぱなし、無人の飛行機で爆弾おとすでしょうね。自爆テロも戦争を勃発させる手段になる。

庶民はなすすべもなく死ぬ。今日もどこかの国で不条理に死んでいく。それは日本でも起こりうること。

テレビや新聞の報道やネットの書き込みを疑うことなく信じてしまう庶民ではなく、わたしは賢い庶民だありたい。

戦争は嫌です。

 

読書メモ
学童疎開
第二次世界大戦末期、米軍による本土爆撃に備え、
大都市の国民学校初等科学童をより安全な地域に一時移住させたこという。
地方の親戚に疎開する縁故疎開と集団疎開がある。

参考 全国疎開学童連絡協議会 http://www.gakudousokai.com/sokaitoha.html